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恵那市は、岐阜県の東南部に位置し、古くは大化の改新による地方行政の改革により、御野国恵那郡に属していた。
江戸時代に入ると、江戸と地方との連絡の必要上、宿駅伝馬の制が定まり、特に大名の参勤交代の制度は、江戸を中心とした交通路を発達させた。東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の5街道が官道の幹線で、このうち恵那市を東西に貫いているのが中山道であり、大井はその宿場として栄えた。
明治に入り、明治2年の藩籍奉還、同4年の廃藩置県となり同12年恵那郡役所が大井町(当大井村)に置かれ、当時63ヶ村の恵那郡を治めた。21年4月市町村制が敷かれて以来63ヶ村は49町村となり、同30年4月には県下各町村の廃置分合により、恵那郡は6町22ヶ村となった。その後、昭和28年の町村合併促進法により同29年4月、大井、長島の2町、東野、三郷、武並、笠置、中野方、飯地の6ヶ村が合併し旧恵那市が誕生した。
平成16年10月、恵那市と南部に位置する岩村町、山岡町、明智町、串原村及び上矢作町からなる恵南5ヶ町村が合併し、新恵那市として第一歩を踏み出した。
当市は、美しい山と水に囲まれた観光地として広く知られている。名勝として、恵那峡県立自然公園、岩村城跡、日本大正村等がある。また、阿木川ダム、小里川ダムの完成により訪れる人も中部地方をはじめ、関西、関東、北陸など広範囲にわたっている。
本市は、中部経済圏を基軸とした首都、近畿圏の中間に位置する地理的条件の優位性をもっており、順次整備が進行している国道257号・363号・418号などにより、三河湾・浜松臨海地帯との交通も開かれ、これらの地域と東濃東部の内陸地域と結節するところの機能を担う主要な地点となり産業、教育、文化の飛躍的な発展が期待される。
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